2010/03/09

自然災害を語り継ぐ試み

 現在フィリピンでは、エルニーニョが原因とされる旱魃による被害が深刻である。昨年は逆に台風「オンドイ」、「ペペン」の水害がひどかった。四方を海に囲まれて、モンスーンも台風もやって来る火山列島の国は、大規模自然災害のデパートのようだ。

 世界に目を向けると、つい最近ではチリ大地震やハイチ大地震(死者23万人以上)、まだ記憶に残る08年の四川大地震(同5万人以上)や、04年のインド洋大津波(同24万人)など、世界中で大規模災害による犠牲者の数は年々増え続けている。古来より自然災害の経験を神話や物語で言い伝えてきた例は枚挙にいとまないが、教訓を後世に語り継ぎ、被害を最小限に抑える努力がますます重要になっている。

 先ごろ(2月15~16日)「東南アジアと日本における災害の危険回避」と題した国際セミナーが国立フィリピン大学で開催され、当基金が支援した。自然災害にまつわる様々な事柄を文化人類学、歴史学、地理学、教育学などの面から取り上げた。インド洋津波で最も多くの犠牲者を出したアチェから参加した研究者は、妻や子供を含む家族全員を失ったが、今ではその悲劇を乗り越えて、津波への対処方法を後世に伝える立派な語り部となっている。アチェは、私もかつて津波の5年前、インドネシア在勤時代に現地の国立公文書館を訪ねたことがある。昨年には津波博物館が開館している。

                    アチェの津波博物館

 世界では今、災害を後世に語り継いでいこうという試みが盛んになりつつある。このセミナーには、兵庫県教育委員会や淡路高校の先生も参加したが、阪神淡路大地震の罹災者たちがそうした運動の中心にいる。今月の20日より世界各国から約20名の専門家を招き、神戸で「世界災害語り継ぎフォーラム2010」が開催される予定だ。(国際交流基金日米センター助成、問い合わせは同フォーラム事務局:078-842-2311)

 ひるがえってフィリピンでは、忘れっぽい国民性か、過ぎ去ったことにくよくよしない天性の明るさからか、はたまた歴史感覚の欠如か、災害を語り継いでゆくことがまだ一般的でないようだ。

 フィリピン大学でのセミナーの翌日、ピナツボ山とアエタの村を訪問した。91年に起きたピナツボ火山の大噴火で、大量の火山灰や火山泥流が周辺地域を埋め尽くして多くの避難民を出した。中でも深刻な影響を受けたのが、そこに古くから住んでいたアエタ族の人々だった。噴火から18年が経ち、今現場はどうなっているのかを視察するのが目的だった。

 アエタ族は約2万年前にマレー半島経由で比にやって来たネグリート系の先住民で、現在人口は約3万人。狩猟・採集と焼畑が生活の基礎で、褐色の肌と縮れっ毛が特色。避難生活を余儀なくされていた人々も、徐々に以前の村に戻るようになったが、豊かな森林は灰に埋もれてしまい、かつての暮らしは蘇らない。外見や教育の遅れからひどい差別を受けていて、町での生活も容易ではない。

 ピナツボ山の噴火は、20世紀最大の噴火とも言われるほど激烈なものであったが、幸いに予測が的中して住民の避難が進んだため、噴火による直接の犠牲者の数は300名程度と少なかった。アエタ族のリーダー、ローマン・キング氏の話では、森の中の鳥や蛇が大量に移動するなど様々な前兆があった。山の洞窟に逃げ込んだ人々は、ラハール(火山泥流)に飲み込まれて命を落としたという。

                     ローマン・キング氏

 大爆発で吹き飛んだ山頂跡には直径2.5キロの巨大なカルデラ湖が生まれ、今は美しい公園が整備されていて、週末はかなりの観光客が訪れるようだ。我々はその地域を管轄する空軍の案内で軍用トラックに乗り、ラハール(火山泥流)で埋もれた以前は川であった地帯を1時間にわたってしたたかにゆられ、山頂付近の休憩所に到着。そこから山頂の公園までは、ハイキングで20分。一般の旅行者もかなりいて、4輪駆動のジープで訪れていた。

                     ラハールの上を疾走


             四駆のジープで観光客もやって来る


           ラハールの上に作られたアエタの人々の家

  山頂のカルデラ湖は、エメラルドグリーンの神秘的な水をたたえていた。しかし気になったのは、噴火に関する資料館どころか、一切何の説明もなかったことだ。


  今回の国際セミナーを主催したフィリピン大学国際研究センターでは、新しい取り組みとして今年度から「災害の文化」と題する講座を開講している。現在15名の学生が学んでいるが、専攻は心理学、経済学、工学など様々だ。同センター代表のシンシア・ザヤス教授は、将来的には小学校から大学の授業で災害について学べる環境を整えたいと抱負を語る。この国でも今後防災意識が高まり、貴重な体験を次世代に伝えてゆく動きがもっと広がることを期待したい。

 ほぼ同じ内容の記事を「まにら新聞」にも掲載しました。


(了)

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