2009/07/29

シネマラヤ5報告(その2)

 さて今回の長編コンペ作品については、受賞結果が示している通りかなり評価が割れたようだ。以下が主な賞と作品内容。

○作品賞:最後の晩餐ナンバー3
 実話に基づいたコメディー映画。テレビコマーシャルの撮影のために一般市民から「最後の晩餐」の壁掛けをいくつか借用したが、ナンバー3を紛失。その賠償をめぐって貸し手と借り手との間で繰り広げられるドタバタ喜劇。失くした主人公は美術担当のおかまちゃん、とコメディーの王道。






○審査員特別賞:ColorumとPanggagahasa Kay Fe
 Colorumは、ひょんな人身事故がきっかけで一緒に旅をすることになった警察官とおじいちゃんのロードムービー。おじいちゃん役の役者はこれで主演男優賞も獲得。

 Panggagahasa Kay Fe(フェの恍惚)は、果物を差し出す精霊をモチーフにしたホラー。夫婦の不倫関係を軸に、妻のフェがいつしかその精霊に魂を奪われてしまう。




○女優賞:Sanglaan(質屋)のIna Feleo
タイトル通り、マニラの下町トンドの質屋を舞台にした人間模様。

○脚本賞: Nerseri(苗床)
精神分裂病の兄二人と姉一人を持つ男の子の物語。

○デザイン賞:Mangatyanan
近親相姦のつらい過去を抱える若き女性写真が、ルソン島北部の村で行われる儀式(Mangatyanan)の撮影旅行を通じて、過去を正視して乗り越えてゆこうというお話。

○オリジナル作曲賞とオーディエンスチョイス:Dinig Sana Kita
                 親に反抗するロック好きの女の子が、バギオに研修に送られ、そこで聴覚障害者と出会い、立ち直ってゆくという話。

 







 
 前回紹介した「Engkwentro」以外には、“すごい!“と思う作品は無かったが(ちなみに「Engkwentro」は主要な賞を逃したが)、どれも粒ぞろいで秀作だ。個人的には質屋を舞台にした「Sanglaan」が、米国への移住問題、遠洋航海のフィリピン人船員の雇用や臓器売買など、フィリピンならではのストーリーが満載で、かつほのぼのとした路線で好感が持てた。

 今回のシネマラヤで重要なことは、以前はほとんど海外の映画関係者から無視されていたのが(フランスは毎年カンヌのディレクターが見に来ていたが)、このブログでも紹介したメンドーサ監督のカンヌ受賞で、海外映画祭のディレクターなど関係者がたくさん訪れたということだろう。“メンドーサ効果”が早くも現れた。

 そして日本からはいよいよ東京国際映画祭「アジアの風」プログラミング・ディレクターの石坂健治氏がやって来た。旧知の間柄ゆえざっくばらんに色々意見交換したが、お世辞ではなく、今のフィリピンのDシネの盛り上がりにはいたく感激したようで、10月に予定される本選へはフィリピンから1本、2本エントリーされてもおかしくない、と期待を持たせるご発言があった(ご本人承諾の上、証拠写真入りで公開しちゃいます)。乞うご期待です。

2009/07/28

シネマラヤ5報告(その1)

 今年も盛り上がりました、第5回シネマラヤ。例年通り長編、短編10本ずつのコンペ作品以外にも、これまでのシネマラヤ入選作品、特別出品作品から、学生による短編上映やリノ・ブロッカ回顧上映など、期待を裏切らない全165本。全部国産の映画が、7月17日から26日の10日間に怒涛のように上映され、熱狂的な観衆が押しかけた。特にコンペ作品の上映会場では、映画の中のシーンに一喜一憂し、上映終了後は拍手が起こり観客は一体感に包まれた。

 今年も10本の長編コンペ作品の内の9本を見たので、それについて報告する。

 劇場長編映画としての作品評価は別として、最も心に残ったのが「Engkwentro」という作品。ミンダナオ島のダバオという町を舞台にした実話に基づいたドキュメンタリータッチの作品だ。

 ダバオはミンダナオで最大の都市だが、政府軍とイスラム分離独立派の内戦状態の続くミンダナオ島では比較的安全な都市。外務省の海外安全情報でも、危険度の最も低い「十分注意」のランク。しかしその治安は、皮肉にも知る人ぞ知る、ダバオ市長が結成した私兵による公然の秘密たる暴力によって成り立っている。ドゥテルテ市長はDavao Death Squad(DDS)という自警団を持っていて、“テレビ番組で「処刑団」(自警団)による犯罪容疑者の殺人を認めると共に「犯罪者を恐怖で震え上がらせている」と自慢した”というから驚きだ。最早公然の“秘密”でもないのか。ダバオではマフィアや不良の多くが何者かによって粛清殺害される事件が頻発していて、1998年以来800人を超える犠牲者がいて、このDDSの仕業といわれている。

 「Engkwentro」は、まさにその“粛清”をテーマにした話。ダバオ海辺の貧しいスラムに暮らす兄弟の物語で、マニラへの出稼ぎのために金策に走る兄と、マフィアに巻き込まれる弟の話を核に、最後はバイクに乗った不審者に突然銃撃されて終わる。スラムでのシーン撮影には、超長回しのドキュメンタリー風タッチが臨場感を盛り上げるが、そのシーンの背後に流れるドゥテルテ市長と思われる政治家の演説のナレーションが重要。“この町の平和を守るのは自分だ”と張り上げる声は、いやおうなく不気味に響く。

 さてこんなに恐ろしい映画だが、驚くべきはペペ・ジョクノという監督。若干21才のフィリピン大学映画専攻の学部学生なのだ。いくらなんでも800人以上の犠牲者を出している噂の「処刑団」を率いるやくざまがいの市長に対して、現役大学生がまともに喧嘩を売るなんて、勇気があるどころの話しではない。

 しかし彼はその血筋から、普通の若者とは異なる宿命を背負っているところが、またフィリピン。ペペは、ジョクノ家という著名な政治一家の一員。特に祖父は著名な法律家で人権活動家の故ホセ・ジョクノ。司法長官や上院議員を務め、戒厳令時代には反マルコスでも中心的役割を果たし、暗殺されたベニグノ・アキノ・ジュニアやサロンガ元上院議長などと並び称された。エドサ革命後は人権委員会の議長となった、まさにフィリピン人権史のヒーローのような存在なのだ。ついでに彼のおばさんは、フィリピン大学歴史学部の教授でこれまた人権史で著名なマリア・セレナ・ジョクノというスーパー・ウーマンである。いくら血筋とはいえ、若干21歳にして早々と人権活動家の宣言をしているようで、なんともまぶしいやら、いずれにしても(2006年には同じシネマラヤの短編で入選しているが)大型新人の登場ということだろう。