2009/07/28

シネマラヤ5報告(その1)

 今年も盛り上がりました、第5回シネマラヤ。例年通り長編、短編10本ずつのコンペ作品以外にも、これまでのシネマラヤ入選作品、特別出品作品から、学生による短編上映やリノ・ブロッカ回顧上映など、期待を裏切らない全165本。全部国産の映画が、7月17日から26日の10日間に怒涛のように上映され、熱狂的な観衆が押しかけた。特にコンペ作品の上映会場では、映画の中のシーンに一喜一憂し、上映終了後は拍手が起こり観客は一体感に包まれた。

 今年も10本の長編コンペ作品の内の9本を見たので、それについて報告する。

 劇場長編映画としての作品評価は別として、最も心に残ったのが「Engkwentro」という作品。ミンダナオ島のダバオという町を舞台にした実話に基づいたドキュメンタリータッチの作品だ。

 ダバオはミンダナオで最大の都市だが、政府軍とイスラム分離独立派の内戦状態の続くミンダナオ島では比較的安全な都市。外務省の海外安全情報でも、危険度の最も低い「十分注意」のランク。しかしその治安は、皮肉にも知る人ぞ知る、ダバオ市長が結成した私兵による公然の秘密たる暴力によって成り立っている。ドゥテルテ市長はDavao Death Squad(DDS)という自警団を持っていて、“テレビ番組で「処刑団」(自警団)による犯罪容疑者の殺人を認めると共に「犯罪者を恐怖で震え上がらせている」と自慢した”というから驚きだ。最早公然の“秘密”でもないのか。ダバオではマフィアや不良の多くが何者かによって粛清殺害される事件が頻発していて、1998年以来800人を超える犠牲者がいて、このDDSの仕業といわれている。

 「Engkwentro」は、まさにその“粛清”をテーマにした話。ダバオ海辺の貧しいスラムに暮らす兄弟の物語で、マニラへの出稼ぎのために金策に走る兄と、マフィアに巻き込まれる弟の話を核に、最後はバイクに乗った不審者に突然銃撃されて終わる。スラムでのシーン撮影には、超長回しのドキュメンタリー風タッチが臨場感を盛り上げるが、そのシーンの背後に流れるドゥテルテ市長と思われる政治家の演説のナレーションが重要。“この町の平和を守るのは自分だ”と張り上げる声は、いやおうなく不気味に響く。

 さてこんなに恐ろしい映画だが、驚くべきはペペ・ジョクノという監督。若干21才のフィリピン大学映画専攻の学部学生なのだ。いくらなんでも800人以上の犠牲者を出している噂の「処刑団」を率いるやくざまがいの市長に対して、現役大学生がまともに喧嘩を売るなんて、勇気があるどころの話しではない。

 しかし彼はその血筋から、普通の若者とは異なる宿命を背負っているところが、またフィリピン。ペペは、ジョクノ家という著名な政治一家の一員。特に祖父は著名な法律家で人権活動家の故ホセ・ジョクノ。司法長官や上院議員を務め、戒厳令時代には反マルコスでも中心的役割を果たし、暗殺されたベニグノ・アキノ・ジュニアやサロンガ元上院議長などと並び称された。エドサ革命後は人権委員会の議長となった、まさにフィリピン人権史のヒーローのような存在なのだ。ついでに彼のおばさんは、フィリピン大学歴史学部の教授でこれまた人権史で著名なマリア・セレナ・ジョクノというスーパー・ウーマンである。いくら血筋とはいえ、若干21歳にして早々と人権活動家の宣言をしているようで、なんともまぶしいやら、いずれにしても(2006年には同じシネマラヤの短編で入選しているが)大型新人の登場ということだろう。

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