2009/10/02

メディアと政治

 いまフィリピンで最も時の人といえばベニグノ・アキノ三世、通称“ノイノイ”。マルコス時代に暗殺された元上院議員ベニグノ・アキノ・ジュニアと元大統領コーリー・アキノとの間に生まれた長男にして、現在、次期大統領候補の最右翼の上院議員である。そのノイノイに直接触れる機会があったので、ここで報告をしておく。

 調査報道(Investigative Journalism)という言葉がある。日々のニュースを追うだけでなく、腰を据えて政治の腐敗や世の中の不正を調査し、メディアを通じて暴いてゆこうという報道姿勢で、ここフィリピンにはその調査報道の世界で実績をあげているNGOがある。フィリピン調査情報センター(Philippine Center for Investigative Journalism、PCIJ)といって、エストラーダ元大統領の賭博疑惑を調査し報道して、大統領弾劾そして第二エドサ革命による追い落としの端緒をつけた。今年20周年を向かえ「平和、人権、グッド・ガバナンス:東アジアの民主主義の岐路」という国際セミナーを企画し、それを基金が助成した。その初日にノイノイがやって来て、この国のデモクラシーについて語った。

 いまフィリピンは熱い政治の季節を迎えようとしている。来年5月の国政選挙は特に新しい大統領を選出するとあって、現在候補者絞りの最終段階に来ている。が、ここ1ヶ月で大統領レースに大きな波があり、アキノ元大統領の長男であるノイノイ・アキノ氏が現政権批判で先頭に立つ老舗政党である自由党の候補者として名乗りをあげ、突如として最右翼に躍り出た。母親のコーリーが長い闘病の末に8月1日に亡くなったが、その後数日はコーリーの死をいたむ多くの国民が街頭に、そして棺の置かれた教会などに大量に繰り出した。さしずめ1986年のピープルズ革命の再来のようだった。その余勢をかって反体制派、改革派の大勢は長男のノイノイ上院議員に白羽の矢を当てて、そのまま彼が自由党の大統領候補に指名されたのだ。

        コーリーの棺を安置したマニラ大聖堂

 基金は無論政治的に中立な組織。さまざまな国際会議やセミナーに資金援助をしているが、助成金のガイドラインには政治的目的の事業には助成しないと、はっきりと断り書きがある。今回もノイノイが参加とあって、主催者のPCIJには党派的な集会にはならないようにと注文をつけた中での登場となった。

 ただ今回あらためてわかったのは、メディアと政治家との深い結びつき。PCIJとほぼ一心同体とも言えるフィリピン大手メディアのABS-CBN、そして日刊紙『Inquirer』は反政府報道の急先鋒で、自らアキノ政権の立役者、代々のアキノ家シンパと名乗ってはばからない。つまり現実的にはメディアに政治的な中立は難しいということだ。とはいえ今回はインドネシアやタイからもジャーナリストや国会議員(人権活動家)の参加があり、それぞれの国の民主化の過程や人権、ジャーナリズムの問題についての議論があったため、アキノ家に直結するピープルズ革命とその後の問題(現在の大統領選挙について)も、複眼的に見ることができたのでとても興味深いセミナーであった。
 
 ノイノイに関する個人的な評価は控えるとして、想像以上に多弁な人だった。そしてオーラが無いぶん、非常に自然体で親しみ易い人柄だと感じた。過去2回の大統領選挙では、元俳優が貧しい民衆を代弁するような形だったが、今回、最強と目される対抗馬はギルバート・テオドロ現国防長官で、ハーバード・ロー・スクール出身で若くして司法試験にトップ合格した超エリート、しかもノイノイのまたいとこにあたる。同じコファンコ家という地主階級の出身だ。支配階級と大多数の貧しい民衆という深刻な亀裂を抱えるフィリピンだけれど、同族ファミリー出身者同士が一騎打ちとなる気配の今度の大統領選挙では、根本的な対立点は一体何なのだろうか。社会の亀裂をあいまいなままにして、どちらが政権に就こうとも極端な貧富の格差が温存される気配のある将来に、本当の希望はあるのだろうかと思ったりする。

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