2007/11/16

「めぐみ」の上映ともう一つの拉致問題

 昨日は横田めぐみさんが拉致されて30年目の日。偶然にも国際交流基金マニラ事務所ではちょうどその日に、めぐみさんを主人公に拉致問題を描いて話題となった「ABDUCTION -The Megumi Yokota Story-」をマニラで上映した。

 会場は国立フィリピン大学フィルムセンター。朝から激しい嵐の日で、午後3時には大学も休講となって客足が心配されたが、567人もの観客が集まった。この種のドキュメンタリーとしては想像もしていなかった数だ。大学での上映に先立って、先週末にもマカティ市のオフィース街にある小さなスペースで2回上映したが、100人のキャパを超えて120人、140人と集まった。観客の中には元最高裁長官や外交官、そして多くの若い人たちもいた。

 今回の上映はマニラに住んでいるある日本人女性の提案が発端なのだが、上映を計画する際に、日本と北朝鮮の複雑な歴史や錯綜する国際関係など、おそらくこの映画を理解するための予備知識のほとんどないフィリピンの人たちが、本当に理解できるのだろうか、そもそも関心があるのだろうかと、疑心暗鬼ではあった。しかし蓋を開けてみたらそんな心配をよそに、予想以上の観客が集まって、横田さん夫妻の喜怒哀楽に一喜一憂し、上映後には拍手が巻き起こった。

 どうしてこの国でこの映画がこれほどの感動を呼ぶのか、その理由は何なのか・・私は何度もこの映画を観ながら、そして感想を聞いているうちにあることに気が付いた。

 この映画のメインテーマは家族愛だ。そして聖書を頼りに我が子の無事を神に祈る横田さきえさんの姿は、ごくごく自然にフィリピン人の心の琴線に触れていた。

 しかしおそらくもっと生々しくも重要なことは、この国の抱えるもう一つの拉致問題の存在だろう。政情不安のこの国では、2001年5月のアロヨ大統領就任以降、「政治的殺害(Political Killing)」という事件が頻発するようになった。フィリピンの人権団体の調査報告によると、2001年から2006年6月末までの犠牲者は700人を超えているという。左派政治活動家や住民運動のリーダー、さらにはジャーナリストや教会関係者に対する暗殺、強制失踪、脅迫、いやがらせといった人権侵害が多発しているのだ。そして、昨日の上映会場となったフィリピン大学でも、昨年二人の女子学生が拉致されて現在も失踪中である。

 30年にわたって闘い続け、そして今なお娘の帰りを待ちわびる横田夫妻の姿と、自分たちの国で、しかもごくごく身近なところで実際に起きているもう一つの拉致事件を重ねあわせ、複雑な思いでこの映画を観ていたに違いない。

 30年が経ってしまった。ただただめぐみさんの無事を祈るだけだ。そして自分には何にもできないけれど、女子学生の拉致事件をはじめ、多くの人々を苦しめている政治的理由による様々な不条理が、いずれこの国からなくなることを願っている。

 そして、まだこの映画をご覧になっていない方は、ぜひどこかでご覧ください。
(了)
 

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